Helo! こんにちは!
今日は我が町ウェルシュプールの観光名所であり、私の職場でもあるポウィス城を紹介します。

ポウィス城は1280年代に、ウェールズの王子グリフィズ・アプ・グウェンウィンウィンによって建てられました。
グリフィズは中部ウェールズの小国ポウィスの王子で、当時、北ウェールズを支配していたグウィネス王国とは長年、敵対関係にあり、ポウィス北部に要塞を築く必要があったのです。
イングランド王エドワード1世がウェールズを征服すべく、グウィネスの王子と戦った際にはイングランド側につき、王国は廃止されたものの、グリフィズの息子オワインはポウィス初代領主として、貴族に認められました。
その後、16世紀後半にペンブローク伯爵の次男エドワード・ハーバートが城を購入。そして、今日まで続く、ハーバート家と城のつながりが始まったのです。
ハーバート家は政治的、経済的理由で、城主が投獄や国外に追放される困難な時期もありましたが、17世紀から18世紀初頭にかけて、ポウィス城を要塞から、貴族のカントリーハウスへと変貌させ、その周囲をバロック様式の庭園で囲むことに成功しました。
ただ、現在のような美しく壮大な中世の古城と庭園を造りあげることが出来たのは、クライヴ家のおかげです。
1784年、ヘンリエッタ・ハーバートはエドワード・クライヴと結婚。彼はインドのクライブとして、知られた父親のロバート・クライブ少将から莫大な富を相続。ポウィス城にインドの美術品を展示したクライブ博物館があるのもそれが所以です。
この結婚で財政難に陥っていたハーバート家は見事、復活。まさにリアル『ダウントンアビー』な世界(笑)
20世紀初めに第4代ポウィス伯爵が城を、妻ヴァイオレットが庭園を再開発。「イングランドとウェールズで最も美しい庭園をもつ古城」にしようと努めました。
1952年に伯爵が亡くなると、事故や戦争で妻子に先立たれてたこともあり、ポウィス城はナショナル・トラストに託され、以降、一般公開されてます。
そんなポウィス城の自慢の庭園はイタリアンテラス様式で、麓から見上げるとまるで天空に浮かんでるよう?!

『天空の城ラピュタ』のモデルといわれるのも不思議ではありません。実際、スタジオジブリは「ウェールズは大いに参考となった」と公式表明してます。樹齢300年以上のモコモコした巨大なイチイの木は、ラピュタの世界観をさらに感じさせてくれるはずです。

ウェールズにお越しの際は是非、お立ち寄りください。